相互に影響しあう認知症と身体の状態

更新日:2021/12/08

記事監修

神奈川歯科大学附属病院 認知症・高齢者総合内科 教授
眞鍋 雄太 先生

認知機能の低下が身体症状を引き起こすこともあれば、逆もまた然りで身体の不調が認知症の症状を悪化させることもあります。身体の状態が改善するにしたがい、認知症の症状が和らいだということも珍しくありません。認知症と身体の状態には密接な関係があるということを常に頭に入れておくことが大切です。

認知症と身体の状態は、相互に影響しあう

年を重ねるほど認知症になるリスクは高くなり、高齢になるほど認知症の人は増えていきます。身体の状態も同じです。年を重ねるつれ、機能は衰え、さまざまな疾患にかかりやすくなります。年齢を重ねれば重ねるほど、認知機能と身体機能の双方に問題を抱えるようになるわけです。

認知機能の低下が進行するにつれ、物事を自分で管理することが難しくなっていきます。たとえば注意力や記憶力が低下すると、服薬や生活習慣に少なからず影響します。新たな身体の症状の引き金になるほか、治療中の疾患の悪化を招きかねません。同様に身体の状態も認知症に影響します。痛みやかゆみ、だるさなどの不快感は、注意力や意欲を低下させ、イライラや気分が滅入る原因になります。

認知症と合併しやすい身体の症状

認知症にはさまざまな身体の症状が合併します。それらを知っておくと、認知症の症状が悪化したとき、原因に早くたどり着くことができるかもしれません。ここからは代表的な症状について概説します。

①摂食・嚥下障害

食べ物を視認して口に入れることを摂食、咀嚼した食べ物を飲み込むことを嚥下といいます。摂食・嚥下は以下の5期より構成されます。

先行期:目で対象を認識する
準備期:対象物を口腔内へ入れ、咀嚼する
口腔期:口腔内附属器(舌、歯茎、頬部内側面)を使い、摂食塊を咽頭へ移送
咽頭期:咽頭刺激により嚥下反射が生じ、摂食塊が咽頭より食道へ移送
食道期:摂食塊が、食道より胃へ移送

先行期から口腔期までの食行動は、自ら意識して行います。咽頭期以降は意識することなく生じる反射です。

認知機能障害に伴う摂食・嚥下障害には次のようなものがあります。

①食事や食べ物という概念の喪失から生じる先行期~準備期の問題
②BPSDとしての拒食や異食といった食行動異常
③口腔期における食行動の感覚が認識できず、食塊を咽頭へ移送しない口腔内溜め込み

どのような障害がみられるかは認知症のタイプによってさまざまです。アルツハイマー型認知症では、失行や失認などの症状があると、箸やスプーンの使い方がわからなくなることがあります。また、認知症が進行するにつれ、道具をうまく使えず、食べ物を口に運べなかったり、食べこぼしなどが見られるようになります。

ただし、嚥下機能は比較的長く保たれます。軽度から中等度の段階では嚥下障害はあまりみられず、あったとしても軽度です。高度の認知症状態まで進行すると、嚥下機能の低下が顕著になってきます。

レビー小体型認知症では、視知覚認知機能障害により、食べ物の中に糸くずや虫などが見える幻視や誤認妄想のため、食べること自体を拒否する拒食などが認められます。パーキンソニズムを呈している場合は、口腔(口からのどまでの空洞部分)と咽頭(食道や気管につながる管)の協調運動が難しくなり、飲み込みの障害もたびたびみられます。

また、早期から覚醒度の低下をきたすケースでは、食べ物を口腔内に溜め込み、咽頭の協調運動とは無関係に機械的な機序でむせこみが生じます。筋強剛や動作時の振戦により口元へのスプーン運びが円滑に進まず、食器に直接口をつけて汁物をすするなどして、むせてしまうこともあります。

②嚥下性肺炎

嚥下性肺炎

咀嚼した食べ物を飲み込む機能(嚥下機能)は年を取るにつれ、徐々に低下していきます。ここに認知症が加わると、認知症のない人に比べ、嚥下の障害を認めやすくなります。

嚥下機能が低下した状態では、食べ物や飲み物が正しく食道に送り込まれず、気道に入ってしまうことがあります。これを誤嚥といいます。最も多いのが梨状窩(食道の入り口の左右にあるへこみ)に残留した食物の誤飲で、唾液の誤嚥もしばしば認められます。

通常は誤嚥をしても、むせるなどして気道に入った異物は排出されます。しかし、気道の反射機能が低下していると、異物が肺に入ってしまいます。これがもとで炎症が起きるのが嚥下性肺炎です。口腔内あるいは食べ物に付着した細菌を誤嚥して生じる感染性肺炎(狭義の誤嚥性肺炎)と、逆流した胃液や胃の内容物を誤嚥することで起こる化学性肺炎があります。

誤嚥性肺炎は、治療をして炎症がおさまったとしても、嚥下や気道の機能低下そのものが改善するわけではないため、再発します。一度に多く口に入れないように見守る、とろみをつけた飲み込みやすい食物形態にするなど、周囲のサポートや工夫が大切になります。

なお、誤嚥性肺炎というと、食べ物を誤って飲み込むことばかりに目がいきがちです。しかし、先ほどの感染性肺炎(狭義の誤嚥性肺炎)は、誤嚥した細菌が炎症を引き起こしていました。したがって口の中の衛生状態が悪化していると、発症するリスクが高くなります。こまめな歯磨きや口腔ケアを心掛け、口の中をきれいに保っておくことも重要なのです。

③便秘

便秘

便秘は若い人よりも高齢者に多くみられます。なぜ、高齢者は便秘を伴いやすいのでしょうか。

理由の一つが、食事および飲水量の低下です。そこに腹筋群の筋力や蠕動運動(腸管内容を肛門へ押し出すための大腸の自発的な運動)の低下、咀嚼能力の衰え、運動量の減少による腸管刺激の低下などの加齢による要因が加わるため、機能性便秘(大腸の形態変化を伴わない便秘)、特に弛緩性便秘(蠕動運動の低下による便秘)を生じやすくなります。さらに糖尿病などの並存症や消化管の蠕動運動に影響を及ぼす薬剤の内服など、加齢性の要因とは別の問題が加わると、より便秘を生じやすい下地が形成されます。

認知症の人の便秘は、介護環境の整備や介助、抗認知症薬による治療で改善することもあります。必要に応じて食事内容や生活習慣の見直しも行うとよいでしょう。また、ケアに携わる家族や介護スタッフが排便状態を把握し、早い段階で便秘に気づくことも重要です。認知症の人は、便秘の症状について伝えるのが難しいことも少なくないからです。

たかが便秘とあなどることはできません。下腹部が張ったり、重さを感じたり、腹痛が生じたりする状況が何日も続くのは、心身ともに不快で、気持ちも沈みがちになります。認知症の人がこのような状況にあることに周囲が気づけないと、何とかして伝えたいという思いが、大きな声やイライラで表現されてしまうこともあります。

④脱水症

脱水症は高齢者がなりやすい症状の1つです。高齢者は若い人に比べ体に蓄えられる水分量が少なくなります。加齢とともに、水分を貯める働きを持つ筋肉量が減るからです。ほかにも加齢に伴う口渇の減少、排尿の手間を厭うことによる水分摂取の自制がさらなる体液量の減少につながるなど、高齢者であること自体が脱水準備状態といえます。

脱水準備状態にある高齢者に認知症疾患が加わると、脱水のリスクはより高くなります。認知症の人は、自発的に飲水を要求することが困難になるほか、飲水という概念自体を喪失してしまうこともあるからです。また、レビー小体型認知症などでよくみられる自律神経の機能低下が起こると、発汗による体温調節が難しくなります。感覚が鈍くなり、暑い日でも冷房をつけずに過ごしていることも珍しくありません。認知症の人は、より脱水症に陥りやすい状態にあるといえます。

水分が足りなくなって身体に熱がこもると、だるくなり、意識がもうろうとして、つじつまの合わないことを言い出すこともあります。食べ物の水分が腸内で余計に吸い取られ、便秘の原因となることもあります。本人が脱水症を自覚するのは難しいため、早めに対処するには、周囲の気づきや見守りがカギになります。

⑤転倒と骨折

認知症になると転倒しやすくなる傾向があります。転びそうになったときに、とっさにバランスをとり、手をつくなどして「うまく転ぶ」ことも難しくなります。3大認知症ではアルツハイマー型認知症よりも、レビー小体型認知症や血管性認知症のほうが転倒するリスクが高いとされています。

  • レビー小体型認知症(パーキンソニズムを伴う場合)
    歩き方が小きざみになる、スムーズに足が出ないなど錐体外路症状によって転倒しやすくなります。何もないところでつまずいてしまうこともあります。
    パーキンソニズムのため体の動きが遅くなり、転びそうなときに、とっさに手が出にくくなります。
  • 血管性認知症
    脳卒中の後に、手足が麻痺したり、動かしにくくなってしまった場合は、歩くときのバランスを崩しやすくなります。錐体外路症状が出ることもあり、その場合はより転倒しやすくなります。

このほか、認知症の人は原因疾患にもよりますが、落ち着きなく動き回ったり、危険に対する意識が薄れたり、周囲が予測できない突発的な行動をとることがあります。そうした行動も、転倒のリスクを高めます。

転倒は、後遺症が残るような骨折やケガにつながることも少なくありません。また高齢になればなるほど、治癒するまでに時間がかかり、身体活動が制限される期間も長くなります。その結果、筋力の低下など、身体機能の衰えがより強く認められるようになりがちです。骨折やケガをする前と同様に作業をしたり歩いたりするのが難しくなるだけでなく、再度転倒したときに骨折する可能性もより高まってしまうわけです。

また、骨折やケガは痛みによる苦痛だけでなく、気分や体調にも影響します。治るまでの間、思うように動けずに行動範囲が限られたりすると、気持ちがふさぎ、ストレスを感じたり、眠れなくなるなど、さまざまな症状が出やすくなります。

⑥歯周病、口腔環境の悪化

認知症の進行とともに、見当識の障害や意欲の消失、理解力の低下などの症状が出てくると、歯磨きを忘れてしまうなど、自分で口の中を清潔に保つことが難しくなります。実はこうした衛生状態の悪化が及ぼす影響は、虫歯や歯周病など口の中のことだけにとどまりません。別の疾患を引き起こすリスクを高めるほか、特にアルツハイマー病を原因とする認知症にも関連するといわれています。

歯磨きをしなくなると、食べかすなどが歯の溝やすき間に残り、細菌が繁殖する温床となります。誤嚥性肺炎の原因の一つは、このような細菌を含む唾液を誤嚥してしまうことです。また、虫歯や歯周病などで歯が抜け落ち、噛む力が弱くなると食に対する意欲が薄れてきます。食事量の減少は、低栄養やサルコペニア、フレイルの原因になります。

フレイル:加齢により心身の活力(運動機能や認知機能など)が低下した状態
サルコペニア: 加齢により筋肉が減少した状態

認知症と口腔状態に関係については、認知症が重症化している人ほど、歯磨きの自立度や義歯(入れ歯)の管理能力が低いと報告されています。また、実際にどのように影響しているのかは今後の研究課題となりますが、アルツハイマー型認知症の人の脳内から、歯周病の原因となる菌が検出されたという報告もなされています。

⑦生活習慣病

糖尿病や高血圧、脂質異常症、肥満などの生活習慣病が認知症の発症や悪化のリスクとなることは、広く知られています。

オランダで行われたロッテルダム研究では、糖尿病はアルツハイマー病の発病リスクを2倍高め、インスリン使用例では4倍に跳ね上がると報告しています。そもそも糖尿病の人は、健常者に比べ課題の処理速度の低下(注意・集中力の障害を反映)、作業や遂行を含む実行機能に障害を認めることがわかっています。慢性に経過する高血糖状態が脳内の微小血管内皮や神経細胞に糖毒性を示し、さらに酸化ストレスや終末糖化産物(advanced glycation end-product;AGE)が関与して細胞死を促進。これが、糖尿病における認知機能障害の背景となります。

国内で行われた久山町研究と呼ばれる大規模な疫学調査でも、糖尿病の人はそうでない人に比べアルツハイマー病の発症リスクが2.1倍、血管性認知症のリスクが1.8倍になる、高血圧は血管性認知症の危険因子となることが報告されています。

WHOが2019年に公表した『認知機能低下および認知症のリスク低減』のためのガイドラインでは、生活習慣病が認知症のリスクを高めることに触れつつ、予防や管理を行うことで認知症の発症や進行を遅らせられる可能性に言及しています。認知症を発症する前か後かは問わず、日ごろからバランスのよい食事や運動を心掛けることが重要といえるわけです。

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